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本田技研工業とマツダの違い

年収・残業・稼ぎ方・歴史を、有価証券報告書と公的データで比べました。自動車メーカーの会社選びや、両社の面接を受けるときの企業研究に。

3行でいうと

  • 30歳に換算した年収は本田技研工業が約689万円、マツダが約542万円。本田技研工業のほうが約147万円高い。
  • 月の平均残業は本田技研工業が19.3時間、マツダが17.4時間。大きな差はない。
  • 売上高は本田技研工業が21.80兆円、マツダが4.92兆円で、本田技研工業が約4.4倍の規模。

数字で比べる

本田技研工業マツダ
働きやすさの点数73.8点(⁠S-)61.5点(⁠A-)
平均年収933万円(⁠43.9歳)711万円(⁠42.5歳)
30歳換算年収約689万円約542万円
月の平均残業19.3時間17.4時間
有給取得率未公表未公表
平均勤続年数18.4年16.2年
売上高21.80兆円4.92兆円
売上に対する利益の割合-1.9%(⁠税引前利益)2.7%(⁠経常利益)
売上の4年の伸び1.50倍1.58倍
従業員数(⁠単体)32,547人22,857人

点数・年収・残業・有休・勤続は女性の活躍推進企業データベースと有価証券報告書、売上・利益・従業員数は有価証券報告書(⁠EDINET)から。30歳換算年収は平均年齢の違う会社を比べるための目安(⁠平均年収÷1.022^(⁠平均年齢−30))。持株会社は本社の少人数の数字なので、事業会社と並べるときは注意。

  • 当サイトの働きやすさの点数は本田技研工業が73.8点、マツダが61.5点で、本田技研工業が上回る。

何で稼いでいるかの違い

本田技研工業

ホンダは、オートバイ(⁠二輪)・自動車(⁠四輪)・発電機や耕うん機などの「⁠パワープロダクツ」をつくり、世界中で売っている会社です。売上高は約21.8兆円と自動車業界で国内最大級ですが、直近の決算は四輪事業の不振で赤字になっており、まさに転換点にいます。

お金の入り口は、世界中でホンダの二輪車・四輪車を買うお客さんと、その購入を支える自動車ローンなどの金融サービスです。事業は二輪、四輪、金融サービス、パワープロダクツの4つに分かれています。

マツダ

マツダは、広島に本社を置く自動車メーカーです。「⁠走る歓び」を掲げ、独自の価値を大切にした車づくりを続けています。1967年には、ロータリーエンジンを積んだ車を初めて発売しました。

売上高は約4.9兆円で、自動車・輸送機器の業界で国内7位です。お金の入り口は、世界中での車の販売です。国内で製造した車に加え、メキシコ、タイ、中国、そしてトヨタとの合弁のアメリカ工場でも車をつくっています。

歴史の違い

本田技研工業

  1. 1946年本田宗一郎が静岡県浜松市に「⁠本田技術研究所」を開き、エンジンの研究・製造を始めます。
  2. 1949年オートバイの生産を始めます。
  3. 1959年アメリカに販売会社をつくり、早くから海外に出ていきます。
  4. 1963年自動車(⁠四輪車)の生産を始めます。

マツダ

  1. 1920年広島で「⁠東洋コルク工業」として設立されます。
  2. 1960年代軽乗用車・小型乗用車を発売し、1967年には初めてロータリーエンジンを積んだ「⁠コスモスポーツ」を発売します。
  3. 1979年アメリカのフォードと資本提携します。
  4. 1984年社名をマツダに変更します。

いま何に賭けているか

本田技研工業

「⁠夢」を原動力に、独創的な技術で移動を進化させる「⁠総合モビリティカンパニー」を目指しています。足元の最大の課題は、関税やEV市場の変化で悪化した四輪事業の立て直しです。

マツダ

「⁠2030 VISION」で、「⁠『⁠走る歓び』で移動体験の感動を量産するクルマ好きの会社になる」ことを掲げています。2035年に世界の自社工場のカーボンニュートラルを実現する中間目標を置き、パートナーと共に段階的に電動化を進めるとしています。

よくある質問

本田技研工業とマツダはどちらが年収が高い?
30歳に換算した年収は本田技研工業が約689万円、マツダが約542万円。本田技研工業のほうが約147万円高い。
本田技研工業とマツダはどちらが残業が少ない?
月の平均残業は本田技研工業が19.3時間、マツダが17.4時間。大きな差はない。
本田技研工業とマツダはどちらが働きやすい?
当サイトの働きやすさの点数は本田技研工業が73.8点、マツダが61.5点で、本田技研工業が上回る。点数は残業・有休・年収・勤続などの公的データから計算したもの。

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