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熊谷組と奥村組の違い

年収・残業・稼ぎ方・歴史を、有価証券報告書と公的データで比べました。準大手・中堅ゼネコンの会社選びや、両社の面接を受けるときの企業研究に。

3行でいうと

  • 30歳に換算した年収は熊谷組が約677万円、奥村組が約765万円。奥村組のほうが約88万円高い。
  • 売上高は熊谷組が4,877億円、奥村組が3,072億円で、熊谷組が約1.6倍の規模。
  • 売上に対する利益の割合は熊谷組が5.5%、奥村組が8.2%で、奥村組のほうが稼ぐ力が強い。

数字で比べる

熊谷組奥村組
働きやすさの点数70点(A+)67.7点(⁠A+)
平均年収918万円(⁠44歳)1,006万円(⁠42.6歳)
30歳換算年収約677万円約765万円
月の平均残業未公表9.5時間
有給取得率未公表未公表
平均勤続年数18.6年12.9年
売上高4,877億円3,072億円
売上に対する利益の割合5.5%(⁠経常利益)8.2%(⁠経常利益)
売上の4年の伸び1.15倍1.27倍
従業員数(⁠単体)2,740人2,492人

点数・年収・残業・有休・勤続は女性の活躍推進企業データベースと有価証券報告書、売上・利益・従業員数は有価証券報告書(⁠EDINET)から。30歳換算年収は平均年齢の違う会社を比べるための目安(⁠平均年収÷1.022^(⁠平均年齢−30))。持株会社は本社の少人数の数字なので、事業会社と並べるときは注意。

  • 売上の4年の伸びは熊谷組が1.15倍、奥村組が1.27倍で、勢いは奥村組が上。
  • 当サイトの働きやすさの点数は熊谷組が70点、奥村組が67.7点で、熊谷組が上回る。

何で稼いでいるかの違い

熊谷組

熊谷組は、土木工事と建築工事を手がける総合建設会社です。1898年に熊谷三太郎が土木建築請負業を開業し、鉄道工事や水力発電所工事を手がけてきました。道路舗装のガイアートなどもグループ会社です。

売上高は約4,877億円です。事業は、土木、建築などの建設事業が中心で、子会社のガイアートが道路工事、テクノスが建設用資機材の製造販売などを行っています。

奥村組

奥村組は、土木・建築工事を手がける総合建設会社です。不動産事業や、再生可能エネルギーによる発電事業も営んでいます。1907年に奥村太平が奈良県で土木建築請負業を創業したのが始まりです。

売上高は約3,072億円です。事業は、土木、建築、投資開発(⁠不動産の販売・賃貸、再生可能エネルギーによる発電・売電)です。

歴史の違い

熊谷組

  1. 1898年熊谷三太郎が個人経営の土木建築請負業を開業します。
  2. 1938年株式会社になります。
  3. 1945〜1948年建築部門に進出し、全国に支店を開きます。
  4. 1963年道路部を分離独立させ、熊谷道路(⁠今のガイアート)を設立します。

奥村組

  1. 1907年奥村太平が個人企業として土木建築請負業を創業し、本店を奈良県に置きます。
  2. 1938年株式会社になります。
  3. 1963年大阪と東京の証券取引所の市場第一部に上場します。
  4. 1966年本店を大阪市阿倍野区に移します。

いま何に賭けているか

熊谷組

グループビジョンは「⁠高める、つくる、そして、支える。」です。中期経営計画(⁠2024〜2026年度)のスローガンは「⁠持続的成長への新たな挑戦」で、「⁠稼ぐ力」「⁠選ばれる力」を強め、周辺事業を加速させる「⁠両利きの経営」を目指しています。会社は、2026年度からの国土強靱化計画で公共投資が大幅に拡大すると見ています。

奥村組

経営理念は「⁠堅実経営と誠実施工を信条に、社会から必要とされ続ける企業として、社業の発展を通じ広く社会に貢献する」です。「⁠2030年に向けたビジョン」と「⁠中期経営計画(⁠2025~2027年度)」を進めています。会社は、防災・減災、インフラ長寿命化、PPP/PFI事業の拡大などの需要を見込む一方、技能労働者不足や建設コストの高騰で経営環境は厳しさを増すと見ています。

よくある質問

熊谷組と奥村組はどちらが年収が高い?
30歳に換算した年収は熊谷組が約677万円、奥村組が約765万円。奥村組のほうが約88万円高い。
熊谷組と奥村組はどちらが働きやすい?
当サイトの働きやすさの点数は熊谷組が70点、奥村組が67.7点で、熊谷組が上回る。点数は残業・有休・年収・勤続などの公的データから計算したもの。

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